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JR塚口駅

久しぶりに降り立つ

免許証更新やら、商業施設が

随分と北へ上がった

重工業が新しい施設を求めて他県へ移転し

工場近辺の縛りから解放されたから

駅のホームから東を望む

かって森永製菓 塚口工場があった

その東隣に旭硝子 塚口工場があった

小さい川を挟み独身寮があった

辺り一面 田んぼだった

二人目の母親とは、折り合いが悪く

常に家にいない時間が長かった

父親の勤務先でアルバイトを

中学二年から始めた

学校とアルバイトと

家に居ずらいから

近所のワルガキと自転車で走り回るのが日課だった

自転車競技に嵌まり

スタートラインに並ぶのは、すぐだった

中学二年が工場でアルバイトなんぞ出来ない

下請けの和光硝子でのアルバイトだった

自転車で通い

学校も自転車で通い、ダイハツ工業へバイト先が変わるまで続いた

和光硝子では、硝子のキズ取りと面取りがメインだった

月に二回ほど 隣の森永製菓で特売日があった

守衛室の隣で、お徳用と書かれた袋が並ぶ

チョコとビスケットの二種類がならび

ほんの二時間ほどで売り切れだ

親父は、随分と顔が利いたようで

特売日の連絡をもらい、その先で私の分を

確保してもらってた

エンゼルマークの入った紙袋は一杯で

そんな日はバス通勤だった

居ずらい家から、弟と寝に帰るような日々は

和光硝子でのバイト代あってのことだった

家で晩飯時

弟と二人して、小言の如く言われた

早く 家を出ていけ

あんた、の居場所は、もうないで

この二言は、僕らの心を酷く貫いた

父も薄々気ずいており、それゆえに工房として

別に借家を借りた

弟も自転車には乗ったが、競技は不向きだった

競技で道が開けたが

大学進学は、諦めざろう得なかった

義母が学費を拒んだ

大学の寮まで荷物を運び

新しいバイト先で

学費やら寮費やら生活費やら

自転車機材やらを勘案すれば

大学進学で、その先の微かに見えたオリンピックは

微塵にも消えた

久しぶりに降り立つホームからの景色は

一変してしまい

あの森永製菓の工場から香る

甘いビスケットの香りは、もうしない

新しいマンションが建ち並び

入居のトラックが、世話しなく走る

コンクリート特有のキナ臭い臭いが鼻をつく

森永製菓は、小さな営業所になり

旭硝子は、国道42号線沿いの関西工場のみになった

ホームに何分 立ってたろうか

春休みを楽しむ子らが、やけに目につく

思い出だけが鮮明に浮かび

父の声が聞こえてくる

何処からか、

お帰りなさい とも聞こえる

あの守衛さんやパートの叔母さんらの声かな

僕も、ただいま と返した。

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